ウチの家系は父方のほうが代々薄毛になるDNAをもっているようで、私の父もおじいちゃんも、その前のおじいちゃんも、60才くらいでハゲになっていました。私の父は50才を過ぎたあたりから脱毛がはじまって、毎朝、抜け毛防止用のトニックのようなものを熱心につけていたのを覚えています。いまでは半分あきらめたようで、育毛剤や発毛剤を買ってくる頻度も減りました。そんな父が夕食のときに、「お父さん今度転職しなきゃいけないから、面接用にウィッグを被ろうと思う」と言い出したのです。
家族はそのとき全員で反対したのですが、「ウィッグは隠すから後ろめたいし恥ずかしい。帽子だと思って最初から周囲にバラシておけば、コソコソする必要もない」と、自分の意見を押し通してきました。頑固な性格なので家族はそれ以上の反対はしませんでしたが、「何で急に、しかもあんなに断定的なものの言い方ができるんだろう」と、父のいないところで、家族はみんな不思議に思っていました。
しかしあるとき、その疑問が判明するときが来たのです。父はすでにウィッグの通販会社を見つけていたようで、父の留守中にアンベリールという名前の入った宅配物が届いたのです。父にそれを渡すと、「これは医療用ウィッグ」と言って、本当は抗がん剤治療や病気で髪の毛が無くなってしまった人が着けるウィッグだけど、試着ができるというので取り寄せた。電話でいろいろ聞いてみたが、とても着け心地が良さそうで、それに値段も一般のウィッグより格段に安かったから」と、長々説明を始めたのです。
何でも医療用ウィッグというのは、闘病生活を送っている人専用につくられたウィッグなので、通気性が良くてズレたりすることがないように、衛生面を含めたさまざまな工夫がなされているのだそうです。驚いたのは「通販なのに試着ができる」ということと、試着してみて自分に合わなかったり気に入らなかったりしたら、「返送料無料で送り返すことができる」という点でした。しかも、ウィッグの「髪の長さやウェーブの強弱など、好みに合わせて無料でアレンジしてくれる」というので、二重三重にビックリしました。
私が調べたところでは、ファッション用とされている普通のウィッグは、まともな品質のものを手にしたいと思ったら10万円程度はするものですが、父が手にした医療用のウィッグは3万円を切る値段だと言います。父がウィッグを試着して家族の前にデビューしたときは全員で笑ってしまいましたが、髪の長さやウェーブを調整してもらった後のウィッグはピッタリ、カッコよくおさまっていました。ふざけて跳んでみせたりしていましたが、たしかにズレません。「コレなら患者用でなくても、着け心地がいいし、バッチリいけるぞ!」、そう言った父の顔はとてもうれしそうでした。